私は美術工芸教室の先生ではなく、実はデザインの作家を目指すという夢をあきらめず、挑戦を続けていた青年(今は老人)だったのです。

将来の宛てもなく、ニューヨークの展示会に出品するチャンスをつかんだり、ニューヨークで個展をしたり、東京の会社に飛び込み営業をしてみたり、何の宛てもなく、まさに手当たりしだい挑戦していたと言っても良いくらいでした。そんなある日、アメリカの大企業から、地元にデザインセンター兼工場をつくるので、そこのデザインをまかせたいという話が舞い込んできたのです!まさに「晴天のへきれき」とはこんなことを言うのだと思いました。

長年の夢がかなうかもしれない!?という思いで、美術工芸教室を閉じて、私はデザイナーの道を歩き始めることを決心したのです。8年間続けてきた、美術工芸教室を閉じることになりました。